英文解剖学

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ポレポレの誤訳について

西きょうじ先生の著作にポレポレという参考書があります.

薄い本なのですが,短いが比較的難しい英文を読み込むことで,様々な英文に対応できる力を養うことができる英文解釈の参考書として根強い人気があるようです.筆者自身は使用したことはないのですが,難関大を受験する学生がよく使用しているという印象でした.

25年前以上前に出版された書籍であり,改訂や続編を望む声もありますが,西きょうじ先生のスタイルが変化してしまったため,敢えて改訂しないとのことです.無駄のない解説・配列や「構造把握の根本を一つのものとして理解する」というポレポレの良さが失われてしまうおそれがあるようです.

kyoji111.blog40.fc2.com

 

しかし,私はポレポレの一部は改訂した方がよいと思っています.なぜなら誤訳が疑われる箇所があり,そのうち一つは構文解釈・意味の読み違えにつながる重大なものだからです.

 

 

かつてポレポレについて調べていたところ,以下のツイートに出会いました.

 すぐにポレポレを取り寄せ例題11を読んでみたところ,kazさんの指摘した部分の訳に違和感がありました.

 

■例題11番

To form a society, individuals must be related in a certain manner. For instance, if people do not communicate with each other, if they are perpetually in aggressive physical combat, if they do not cooperate with each other, and do so routinely over a period of time, their interactions are not social and they don't constitute a society.

おそらく出典はSeven theories of human society by Tom Campbell

 

kazさんが指摘した箇所は太字にしてあります.

参考書の訳は下のようになっています.

「互いに協力しないとか、してもある期間の間だけお決まり通りにするだけだったりする場合には、人々の互いの関係は社会的ではないし、社会を構成することにはならない。」

前後の文脈は,「社会を形成するためには人と人のつながりが必要だ→~~という場合には社会は形成されない.」というものですから,このif節は社会が形成されない条件について説明するものです.

ポレポレの訳にはいくつか疑問点があります.

1.if 節のnotの範囲

2.routinelyや"over a period of time"の解釈が典型的ではない(西先生の解釈に合わせた意訳になっている)

 

1.について,"do so" のdoは助動詞ではなく"cooperate"の代わりとなる代動詞なので,"do so=cooperate with each other"となるのは西先生の読み通りです.しかし,"they do not"のnotがどこまでかかるかについて2通りの解釈があります.

A. they do not [cooperate with each other] and do so ....

B. they do not [cooperate with each other and do so ...]

Aが西先生の解釈です.

Bがkazさんと筆者の解釈です.

ここで2.が関わってきます.「意訳」をせずに解釈すると

A. 彼らが「お互いに協力せず」,かつ「一定の期間だけ習慣的に互いに協力する」場合

B. 彼らが「お互いに協力し,かつ『一定の期間・習慣的に』互いに協力する」ことがなかった場合

Aは論理的に違和感があるのがわかるでしょうか.「お互いに協力しない」ことと「一定の期間だけ習慣的に互いに協力する」ことは両立しません."if they do not... or (they) do so..."の様にor で繋げば西先生の訳になりますが,原文の形から離れてしまいます.

 

一方,Bについて検討する前に以下の例文について考えてみましょう.

Do not drink and drive.

この文にはnotの範囲([]で囲うこととします)について二つの可能性があります.

Do not [drink] and drive. 酒を飲むな,そして運転しろ.

Do not [drink and drive] 「酒を飲み,かつ運転する」ことはするな.

このDo not [drink and drive]型の英文については直前の例題10で取り扱われているようです.

ちなみに,Do not [drink or drive]. だと酒を飲んではいけないし,運転してもいけないということになります.

ここでは中学・高校数学のド・モルガンの法則が妥当します.

 

BはDo not [drink and drive]に近い解釈です.

"「お互い協力」かつ「『一定期間習慣的に』お互い協力」"は論理的には「『一定期間習慣的に』お互い協力」になるので論理的に矛盾はしませんが,"cooperate with each other"が重複しており冗長だという理由でこの解釈を排除する人もいるかもしれません.

解釈Bの場合,問題のif節全体を"if they do not [cooperate ... and do so ...]"と捉えています.つまり,notで否定されている[cooperate ... and do so ...]が社会を形成するための必要条件になっているわけです.ここでは,まず必要条件を「お互いに協力」"cooperate with each other"と述べた上で,さらに「『一定期間習慣的に』お互い協力」"do so(= cooperate with each other) routinely over a period of time"と条件を加重して言い直すことによって、互いの協力は当然必要だが,それだけでは不十分だというニュアンスを表現しています.ここで他の等位接続詞ではなくandが使われたというのはすでに説明したような形式論理的な理由があります.

「お互いに協力し,しかも一定期間習慣的に行うのでなければ」とでも訳しましょうか.

 

AはDo not [drink] and drive. (酒を飲むな,そして運転しろ)に近い解釈だとわかりますね

 

ちなみに, Bの解釈の下でandをorに書き換えた場合,Do not [drink or drive] (酒は飲むな,かつ運転もするな)と近い解釈となります.「お互い協力もせず,一定期間協力もしない」=「お互い協力しない」ですから,わざわざ"routinely over a period of time"を付け加えた意味がなくなります.

 

■例題50番

もう一つの誤訳は例題50番です.

Emotions are everywhere the same; but the artistic expression of them varies
from age to age and from one country to another. We are brought up to accept
the conventions current in the society into which we are born. This sort of art, we learn in childhood, is meant to excite laughter, that to provoke our tears.

"We learn in child hood"が挿入されており,文全体は我々が子供時代に学ぶことの内容となっています.

 

また,ThisとThatは対比的に使われることが多い指示代名詞であることから,Thatを見ると,"This sort of art”に対応していると推測でき,"That"="That sort of art"ではないかと見当がつきます.次に,英語の文には主語と動詞があるはずですが,"that to provoke our tears"にはありません.この場合,"that sort of art"を"to provoke our tears"が修飾している(不定詞の形容詞用法)と考えると,文の後に"that sort of art (to provoke our tears)"という名詞の塊が宙ぶらりんになってしまいます.ここで解釈を修正し,「述語動詞が省略されているのではないか」と考えると,"is meant" という共通の述語動詞を補うことができ,"be meant to不定詞"という形に落ち着きます.

実は,2つの文が対比構造になっており,同じ述語動詞を使用している場合,2番目の述語動詞が省略されることがあります.またこの場合,2つの文を繋ぐ"and"が省略されることも多いのです.ここでもandのasyndetonが起きています(andが省略されカンマで代用されています.)

This sort of art is meant to excite laughter, that sort of art is meant to provoke our tears.

我々は「この種の芸術が笑いを呼び起こすように意図されたものであり,あの種の芸術は涙を誘うように意図されたものだ」ということを子供時代に学ぶ.

 

問題は"art"の意味ですが,ポレポレは"art"を技術と訳しています.ポレポレとは別の参考書ですが,"art"を芸術と訳すのは誤訳だとまで書いてある参考書もありました.

 

実際はLanguages of Art: An Approach to a Theory of Symbols by Nelson Goodmanという書籍からの引用であり,前後の文脈を見ても明らかにart=芸術として書かれています.入試問題という制約上,ここだけ見ると致命的な誤訳とまでは言えないように思いますが,可能ならば修正した方がよいと思います.

 

ただし,"the artistic expression of them(emotions)"の部分を,art=技術という解釈に引っ張られ「感情の効果的な表現」と訳しているのはいただけません.artisticの典型的な解釈ではないからです.場合によっては著者が特殊な使い方をしていることもあるでしょうが,その場合には自分が意味を取り違えているかもしれないと疑問を持つことも大切です.

 

■まとめ

誰でも誤訳をする可能性はあるので,西先生の英語力やポレポレの参考書としての価値に傷をつけるつもりはありません.しかし,例題11番のように致命的な間違いがある以上,その部分だけでも修正した方がよいのではないでしょうか.