英文解剖学

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越前敏弥先生著 日本人なら必ず誤訳する英文の「誤訳」?

越前敏弥先生という翻訳家をご存知でしょうか。

ダン・ブラウンの小説の翻訳や、翻訳者を養成する講座など同業者の教育に携わっていることでも有名な方です。

私が原書を読んでいていて、翻訳しづらそうだと思った部分を越前先生の翻訳で確認したところ正確かつわかりやすい翻訳になっていることもありました。

 

越前先生は「日本人なら必ず誤訳する英文」と同書の第2弾「リベンジ編」を執筆されています。いずれも、英語学習者がどこかでつまづくであろう盲点になるような文法事項をまとめている好著です。本人も述べているように「英文解釈教室」などの古典的な受験参考書で教えられている内容を継承しながらも、現代の英文を使用し気負わずにパズルのように取り組むことができるため、英語力を上げることができるところが特徴です。

 

問題の解答解説で誤訳と思われる部分を発見したので共有します。

*2019年に発売された「完全版」には「リベンジ編」例題50が収録されていないため注意してください。

 

◾️結論①

「リベンジ編」問題50の"among others"は"among other electoral votes"「南部以外の(特にケネディの勝利につながった)選挙人票」と解釈すべきであり、"among other (presidential) victories"という解釈は誤訳だと思われる。

◾️結論②  

仮にカンマが「不要」な状況でも、「カンマがあると不自然」な場合と「カンマの有無が随意的(あってもなくてもいい)」という場合がある。

◾️結論③

「とりわけ」または「他の〜の中でも」に相当する"among others"の前にはコンマが来ることも多く、コンマがある場合も直前に挿入があるとは限らない。

◾️結論④

「日本人なら必ず誤訳する英文」C−08の"among others"は"among other controversies"を指していると考えるのが自然である。(ただし出典が明示されていないため文脈的に越前先生の解釈が誤りでない可能性は否定できない。)

◾️結論⑤

著作権上の問題だけでなく、検証可能性を担保するためにも出典の明記は必要である。

 

「リベンジ編」例題50はケネディ民主党政権による公民権運動に関する当初の目論みにとって障害が多かったとしています。その具体例として、ケネディの勝利(おそらく大統領選での勝利)が僅差であり、南部の選挙人票に依存していたことを挙げています。

越前先生の解説では、後述する前著C-08での"among others"の解釈を参照しつつ、例題50を以下のように解釈しています。

 

例題50
There were some obstacles in Kennedy's initial calculations of his Democratic administration's approach to civil rights. For example, his victory had been an exceedingly narrow one, dependent on Southern electoral votes, among others. 
ケネディが当初目論んでいた、みずからの民主党政権による公民権運動への対策には、いくつかの障害があった。たとえば、ケネディの勝利はほかの大統頷たちと比べてあまりにもきわどく、南部の選挙人に頼ったものだった。日本人なら必ず誤訳する英文 リベンジ編 越前敏弥 ディスカヴァー・トゥエンティワン
最後のamong othersを「とりわけ南部の選挙人に頼った」と読む人がほとんどですが、それはまちがいです。Ibid. 

 

 結論から述べると、ここでは"among others"はケネディの辛勝が依存していた「南部の得票以外の要素」、特に"others"は"other electoral votes"を指していると考えられます。結果的に「ほとんどの人」の解釈が正しいと言えます。

 

◾️among othersの解釈(例題50)

「リベンジ編」例題50は出典の明記なく改変されていますが、原文は以下の通りです。

論文の2ページ目冒頭から引用(1ページ目はリンク先プレビューで読めます。

 

The fact that Negro support was an indispensable factor in his elec- tion strengthened this conviction.
There were other, countervailing factors, however, in Kennedy's initial calculations of his administration's approach to civil rights . His victory had been an exceedingly narrow one , dependent on Southern electoral votes, among others. A loss of Democratic seats in Congress had left him with a perilously thin margin of potential support for his legislative program.
 The Federal Executive and Civil Rights: 1961-1965 Harold C. Fleming Daedalus Vol. 94, No. 4, The Negro American (Fall, 1965), pp. 921-948 (28 pages)

 以下では原文に即して"among others"のothersが何を指しているか、可能性を列挙していきましょう。

A. 直前に可算名詞が明示されている場合

A-1. other countervailing factors 

A-2. other victories

  A-2a. other presidential victories (in history)

  A-2b. Kennedy's other victories

A-3. other electoral votes

 

B. 直前に可算名詞が明示されていない場合

B-1. other factors/reasons contributing to the victory

B-2. among others= among other things =especially

 

基本的には"among others"が使用されている以上、Aの可能性を探り文脈上合わない場合にBの可能性を探ることになります。

B-2も一応可能性として残しましたが、A・Bいずれの解釈を取ったとしてもここでは「他の要素と比べてもとりわけ」という意味になります。B-2は直前の"(depending on)Sourthern electoral voters"について、他の要素と比べて特に南部選挙人票に依存していたという意味になりますから、A-3やB-1と同様の意味になるため今回は検討する必要がありません。

 

では、残るAおよびB-1の可能性について順番に検討していきましょう。

 

◾️A-1 other countervailing factors 

ケネディ政権の公民権運動への対策の当初の目論みを妨げる他の要因」

この解釈は意味的におかしいので第一に排除できます。

"among others"が"His victory had been an exceedingly narrow one" にかかっているとした場合、

① "among others"が"His victory"と比べられている場合

"His victory, among other countervailing factorshad been an exceedingly narrow one"

彼の勝利自体は"countervailing factors"の一種ではないので不適切です。

② "among others"が"an exceedingly narrow one"と比べられている場合

"His victory is an exceedingly narrow one (dependent on Southern electoral votes), among other countervailing factors"

ケネディの勝利は複数の"countervailing factors"に該当するが、その中でもとりわけ「(南部の票に依存した)辛勝」であったという意味になるので不適切です。

 

③"among others"が"(dependent on) Southern electoral votes"にかかっているとした場合

公民権運動への対策によっては支持率が下がってしまう可能性も高い南部地域の選挙人票に依存せざるを得なかったという事実は"countervailing factors"の一種と言えるかもしれませんが、南部の選挙人票が公民権運動への対応次第で支持が離れていく可能性が高いということ自体は自明のことなので、"Southern electoral votes"が"countervailing factors"のは言いづらいと考えられます。

among óthers1とりわけ, (ほかにもいろいろあるが) 特に ≫ I like Mozart, among others.私は特にモーツァルトが好きだ.2…など ([!]同類の人· 物を列挙するときに) ≫ The curriculum of this school includes math, philosophy, math, and music, among others.この学校のカリキュラムには数学, 哲学, 音楽などが含まれる.ウィズダム英和辞典 第4版

 

上記の辞書の記載に基づくと、南部の選挙人票の他にも"(公民権運動に関する)countervailing factors"にケネディの勝利が依存していたということになりそうですが、あまり考えにくい解釈です。 また、あくまでも補助的な根拠ですが、"other countervailing factors"と"among others"は別の文にあり、距離的にも離れています。③は①②よりはもっともらしいですが、不適切です。  

 

◾️A-2a. other presidential victories (in history)

 

越前先生の解釈です。 "His victory is had been ... a narrow one, ... , among others." 越前先生は、oneが可算名詞 victoryの代用形であること、"one"と"others"が相関して使用されることが多いことからこの解釈を選択したと思われます。 前者は正しいですが、後者は今回当てはまりません。"His victory ..."の文はあくまでもケネディ大統領の勝利について述べているに過ぎず、ここから"among others"をケネディ以外の大統領選挙での勝利と解釈をするのは無理があります。したがって、まず引用文以前のところで(ケネディ以外も含めた)大統領選挙一般が話題となっている必要があります。  

ところが、引用文では公民権運動に対するケネディ政権の対応や、ケネディの大統領選挙での勝利について書かれています。したがって、該当箇所で話題になっているのはケネディ大統領自身の話や公民権運動の話ではないかと考えられます。該当箇所以前で大統領選挙一般が話題になっている可能性は完全には否定できないものの、かなり疑わしい解釈です。実は、原文の1~2ページを見るとわかりますが、原文では明らかにケネディ大統領と公民権運動の関係が論じられており、大統領選挙一般について論じられているわけではありません。A-2aは不適切であることがわかります。  

越前先生は、amongの直前に「不要な」コンマがあることを根拠に"dependent on ...votes"を"His victory ... among others"への挿入と捉えているようですが、ウィズダムの例文"I like Mozart, among others."を見てもわかるように、othersと対照される名詞の直後に"among others"が来る時にコンマが使用されるのは特におかしなことではありません。仮に「不要」だとしても「随意的(あってもなくてもよい)」場合と「不適切(あると非文法的・不自然)」な場合があるのですから、直前の要素が挿入であるという根拠にはなりません。

 

確かに"Some are ..., others ..."や"A is one thing, B (is) another."のような表現はあるものの、"His victory had been an exceedingly narrow one , dependent on Southern electoral votes, among others"のような文で"a narrow one"という代用形のone(=victory)と"among others"の結びつきが特段強いわけではありません。文脈的根拠もなしに"among others"のothersをoneと同じvictoryと捉えるのは相関的表現の拡大解釈です。文法的には、直前に"southern electoral votes"という可算名詞があり、それが選挙を決定づける要素なのですから、A-3の解釈をまずは検討してみるべきでしょう。

 

◾️A-2b. Kennedy's other victories

A-2aと同様に不適切です。背景知識としてケネディが(electoral votesが問題になるような)大統領選挙で勝利したのは1回だけというところからも排除しやすい選択肢です。

 

◾️A-3

こちらが私の解釈です。

越前先生も書かれているように、多くの人が選ぶ解釈でもあります。

"His victory had been an exceedingly narrow one , dependent on Southern electoral votes, among others."

文法的には、othersが示す可算名詞として、electoral votesは"among others"の直前にあり、問題ありません。

ケネディの大統領選挙の勝利は東海岸及び南部の選挙人票を確保したことにありますから、他の選挙人票の中でも特に南部の選挙人票に依存していたという解釈は意味的にも成立します。

 

◾️B-1

選挙を決定する要因は様々考えられますが、結局その影響は"electoral votes"に集約されます。A-3が成立する以上、意味的にあえてB-1を選ぶ理由はありません。

 

以上の根拠から、越前先生による例題50の解釈・解説は誤りであると示すことができました

 

◾️「日本人が必ず誤訳する英文」Cー08

「リベンジ編」の例題50はC-08の類題となっています。「日本人が必ず誤訳する英文」C-08は、"among others"="among other victories"と解釈した根拠にもなっているようです。

C-08George Bush's victory in the 2000 presidential election was an extremely narrow one, with a controversy over who won Florida's electoral votes, among others.
日本人なら必ず誤訳する英文  越前敏弥 ディスカヴァー・トゥエンティワン

正解率5%の問題とされています。出典は明記されておらず、原文も改変されているのかGoogle books等でも突き止められませんでした。

解説では、よくある間違いとしてone=electoral votesがあげられています。私も例題50とは異なり、この解釈は正しくない可能性が高いと思います。

というのも、"a controversy over who won Florida's electoral votes"が"a+可算名詞"を中心とした一つのユニットになっているため、他の州について集計で揉めたのならば"among other controversies"になるのが自然だからです。

当時の選挙で再集計・最高裁の判断にまで至るような騒動はフロリダ州だけだったため、越前先生がこの解釈を検討しなかった可能性はあります。とはいえ、不正選挙の噂等は(常ながら)他の州でもあったようなので、フロリダでの選挙人票の問題以外にも選挙をめぐる"controversies"はあったとしてもおかしくありません。

The history of 'rigged' US elections: from Bush v Gore to Trump v Clinton | US politics | The Guardian

 

◾️越前先生の解釈(Cー08)

越前先生の"among others"="among other victories"という解釈については、例題50と同様、可算名詞代用形のoneと"among others"の関係は密接とは言い切れません。

"among others"の直前のコンマが仮に「不要」だったとしても「不適切」とはいえません。ここでは、仮にothersがcontroversiesに対応しているとすれば、"among others"はあくまでも"with a controversy ..."にかかっており、関係詞節"who won..."の中にはないことを明示するための役割を果たしていると考えることもできます。  

 

仮にwithが挿入だとした場合、withを取り除くと以下のようになります。 "George Bush's victory in the 2000 presidential election was an extremely narrow one among others."

 

では、「ほかの勝利」とはなんでしょうか。厳密には2通り考えられます。第1が「ブッシュがかつて戦った別の選挙での勝利」、第2が「歴代の大統領選における、ほかの大統領たちの勝利」です。形のうえではどちらもありえますが、選挙人についての話題がはさまっていて、大統領選に限定した話題と考えられるため、後者が妥当です。また、大統領選史上最大の接戦だったことは、当時の報道を覚えている人ならご存じですね。Ibid.

 「ブッシュがかつて戦った別の選挙での勝利」ではないことには同意します。ただし、Cー08の主語(2000年の大統領選における勝利)やフロリダ州の選挙人についての話題いずれも「ブッシュの大統領選挙」に関する話になっています。 othersを単なる「勝利」を超えて「歴代の大統領選における、ほかの大統領たちの勝利」と解釈するためには、少なくとも引用文の前で大統領選一般について論じられている必要があるでしょう。 与えられた文を見ると、よほど文脈的な根拠がない限り、"George Bush's victory in the 2000 presidential election"から"one=other(s)=victory in presidential elections"を導くのは厳しいと思います。

あくまでも参考意見に過ぎませんが知人のネイティブ複数人に聞いてみても同様の意見でした。

 

出典不明であり、前後の文脈が明かされていないことから、C-08においては越前先生の"among others=other victories"が正しい可能性を完全に否定することは困難ですが、"among others=among other controversies"の方が自然な解釈ではないかと思います。越前先生は前後の文脈を把握しているはずなので、文脈上明らかに前者の解釈が正しいということなのかもしれません。ただし、少なくとも書籍では後者の解釈が検討すらされていないため、越前先生が単純に誤読していた可能性も残ります。  

 

 ◾️出典の明記の必要性

出典の明記は著作権法上も必要ですが、今回の記事のような検証作業をする際にも必要となります。 リベンジ編の例題50については原文から裏付けを取ることができましたが、Cー08については例文だけを見ると誤訳の可能性が高いものの、出典の確認をしなければ越前先生が正しい可能性を完全に排除することは困難です。

出典をご存知の方はご教示ください。  

 

◾️おわりに

今回は、越前先生の誤読を取り上げました。越前先生が優れた翻訳家であることは間違いありませんが、文脈の確認を怠ったり、過度の一般化(挿入の判定法・oneとothersの関連性など)を行うことは誰しもあるということです。

問題作成はなかなか難しく、以前紹介したこの記事のように、改変することでクイズが成立しなくなることもあります。

英語ニキさんのクイズ正解率0%説 worth/worthwhileの語法とThat Trace Effect - 英文解剖学

私は例題50及びC-08を通して、機械的に「"among others"=とりわけ」と訳語を当てはめるのではなく、othersが何を指しているのか、何が何に対して「とりわけ」なのか(列挙の場合もあります)という意味を考えることが必要だ、という越前先生のメッセージを受け取りました。 「日本人なら必ず誤訳する英文」自体は楽しく英語を学ぶことができる書籍で、多少腕に自信のある方でもつまづくポイントが満載なので、是非お読みください。