英文解剖学

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ポレポレ例題45の誤訳?(悪訳?意訳?)*訂正あり

*この記事は当初の記事の内容に問題があったため非推奨です。


今回は,更新ついでにポレポレ例題45の気になる部分について簡単に論じたいと思います.

過去の記事で指摘した2点と比べ,明確な誤訳なのか悪訳なのか曖昧な箇所であったため,過去の記事では敢えて省略しました.

 

(2020.7.1)  西先生のツイートを受けて追記

(2020.7.18) 追記の表現を一部修正

(2020.10.30)

私の記事に対する西先生のツイート「『生まれつき攻撃的な傾向について語ること』は文章の流れ上不適切です」に対して追記したため記事が長くなっています。

他の記事と違ってこの記事から文法事項について学べるというわけではなく、当初の私の解説にも瑕疵があります

一応記事は残しておきますが、先に他の記事(以前に書いたポレポレの誤訳に関する記事その他)を読むことをお勧めします。

 

追記の要点

 "innate"がカッコ付きになっていることから、「『生まれつき』攻撃的な傾向について語ること」はそもそも「『生まれつき』かどうか」という枠組みで議論すること自体を批判するメタ的な意味合いを持つということです。西先生のツイートでは『』が外されているので、「2.「『生まれつきの(生得的に)』攻撃的な性向」について論じること自体がナンセンスだ( そもそも論として,生得的な性向にフォーカスした議論の前提がおかしい)」という私の解釈を理解していない可能性があります。 とはいえ、"talking of X"を文脈(it is as if we were to assert ...など)を踏まえて「Xが正しい/存在すると主張すること」という意味合いを明示して解釈する方がよいと思います。(西先生の新しい訳はそうなっています。) ただし、その場合はストレートに「攻撃的な性向を『生まれつき』持つと述べること」と訳した方がよいのではないでしょうか。

 

tmneverdies.hatenablog.com

この記事の結論

■ "talking of an "innate" tendency to be aggressive"の構造はtalking of "名詞句"であり,"talking of [名詞句 to be aggressive]"ではない

"文脈を踏まえて訳すならば、an "innate" tendency ..."に不定冠詞が付いていることを踏まえ、"talking of ..."を「攻撃的な性向を『生まれつき』持つと述べること」とするべき

 

 

 ポレポレ例題45の出典と思われる文章から引用します(下線は筆者).

So important is the role of the environment that talking of an “innate” tendency to be aggressive makes little sense for animals, let alone for humans. It is as if we were to assert that because there can be no fires without oxygen, and because the Earth is blanketed by oxygen, it is in the nature of our planet for buildings to burn down.

Humans innately aggressive by Alfie Kohn

https://www.alfiekohn.org/article/humans-innately-aggressive/

 

■正しい解釈

結論からいうと,下線部は「『生まれつき(生得的に)』攻撃的な性向について語ること(論じること)」となります.下線部のofの目的語は "an “innate” tendency to be aggressive"(「『生まれつきの(生得的な)』攻撃的な性向」)であり,ofは "speaking of"などと同様に「~に関して」という意味だと考えられます.

(追記 二文目や前後の文章の関係から、"talking of X"を文脈(it is as if we were to assert ...など)を踏まえて「Xが正しい/存在すると主張すること」と解釈した方がよいかもしれません。下の追記も参照。) 

■ポレポレの解釈その①(意訳説)

一方,ポレポレの訳では,「環境の役割は非常に重要なので、生まれつきの性向を攻撃的であるというのは、動物に対してほとんど意味をなさない」となっていたかと思います.

 

 ポレポレの訳は直訳としては不適切ですが,確かに引用文の前後でも"Many people have claimed that “human nature” is aggressive on the basis of "といった形で,「人間の本性は攻撃的だ」という主張・信念について書かれているので,「『生まれつきの(生得的な)』攻撃的な性向」を「人間の『生得的な』性向は攻撃的だ」に言い換え,意訳とした可能性は否定できません.

ここではofの後に無冠詞のa "innate" tendencyが続くわけですが,innateに引用符がついていることからもわかるように,以下のような論理展開になっていると考えられます.

 

1.(「人間の本性は攻撃的だ」と主張する人がいるが,)そもそも環境の影響は非常に大きい

2.「『生まれつきの(生得的に)』攻撃的な性向」について論じること自体がナンセンスだ(そもそも論として,生得的な性向にフォーカスした議論の前提がおかしい)

 

ここでは議論の対象として「"an “innate” tendency to be aggressive"」が適切かという話をしているので,ポレポレの訳文にあるように「生まれつきの性向を攻撃的である」と言い換えるのはあまり適切ではないと思います.

(追記 取り消し線の部分は言い過ぎでした。)

 

 

■ポレポレの解釈②(構造取り違え説)

ポレポレの訳が直訳調であることを考えると,"thinking of O as/to be C"(OをCだと考える)のように"talking of O to be C" (OをCだと論じる)と解釈した可能性の方が高いと思っています.これは,ofの後を文章に直すと"an "innate" tendency is aggressive"「ある『生得的な』性向が攻撃的である」となりますが,ここではある性向が攻撃的かどうかという話はされていません.「人間の本性が攻撃的だ(human nature is aggressive)」や「攻撃性が一つの『生得的な』性向だ(aggressiveness is an "innate" tendency)」ならばまだ成立するかもしれませんが・・・.また,調べた限りでは"talking of O to be C" (OをCだと論じる)という例文は見つかりませんでした.

 

■西先生の反応(2020.7.1)


 

私の分類で言えば、誤訳(構造の取り違え)ではなく意訳だったようです。

>結論だけ言うと、の「生まれつき攻撃的な傾向について語ること」は文章の流れ上不適切です。

 

この部分で私の訳が何故不適切なのか、また何故「生まれつきの」からカッコを抜いて引用されているのか、説明がありません。(「語ること」という訳はtalkingからどう意味を派生させるかということを分かりやすくするために書きましたが、解説でも使用している「論じること」という訳語も残してほしかったと思います。)

 

カッコ抜きで「生まれつき攻撃的な傾向について語ること」という訳であれば、"innate"を強調している点が分かりにくくなり、文脈から浮いてしまいますが、それは仮に原文からクォーテーションマークを抜いた場合でも同様です。西先生がカッコを外してtweetに引用されたのはmisleadingだと思います。私の訳では原文に忠実に「『生まれつき』攻撃的な傾向について語ること」としています。原文ではinnateにクォーテーションマークがついており、"innate"が強調されています。たとえば、「生得的な攻撃的性向」と述べるだけであれば"innate"をクォーテーションマークで強調してまで、"an "innate" tendency to be aggressive"という名詞句にinnateを入れ込む必要はありませんが、ここでは、クォーテーションマークで囲った"innate"を埋め込むことで、日本語でカッコを使った「『生まれつき(生得的に)』攻撃的な傾向について論じること」と同様の効果をもたらしていると考えてよいでしょう。音読するときには「生まれつき」を強調して読むことになります。クォーテーションマークがなければ著者が何について"make little sense"と言いたいのかわからなくなります。

可能ならば私の訳が「不適切だ」という発言を撤回していただきたいと思います。

(追記 ここもあまり中身がない記述なので取り消し線をつけました)

 

■西先生の新しい訳について(2020.7.1追記)

おそらく、

 "Many people have claimed that “human nature” is aggressive on the basis of having lumped together a wide range of emotions and behavior under the label of aggression." 

などを参考に、この文章のテーマは「人間は生まれつき攻撃的である」という認識の検討であることを踏まえ、"(talking of )an "innate" tendency to be aggressive"を""human nature" is aggressive" の言い換えと捉えたのでしょう。例えば、例題45の直前の部分で

"It is difficult to reconcile a theory of innate human aggressiveness with the simple fact that most people around us seem quite peaceful"

となっており、"a theory of innate human aggressiveness"であれば"a theory that posits that humans are innately aggressive"となると思います。

とはいえ、例題45は"talking"という単語が選択されており、クォーテーションマーク付きの"innate"や"make little sense"と共に、"innate"にフォーカスした議論が環境の影響などの要因を捨象しており、事実をとらえられていないことを指していると考えられます

(追記 改めて見直すと取り消し線の部分は余計でした。私が伝えたかったのは以下のことです。"innate"のクォーテーションマークは、直接的には著者の意見ではなく「人間の攻撃性が生得的であると述べている人たち」による表現だということを表しますが、マークをつけなくとも"talking of X makes little sense"をみれば、「(動物や人間に)Xが備わっている」というのが著者の意見ではないことは分かります。わざわざクォーテーションマークをつけていることで、特に"innate"という捉え方がナンセンスだということに重点をおいているのではないでしょうか。)

 

西先生の新しい訳は原文の構造を組み替えているという点で、元のフレーズの構造に則していない可能性はありますが、原文記事の文脈上、"talking of an "innate" tendency to be aggressive"が「『生得的な』性向は攻撃的だ」という主張を含意していると考えることも可能です。西先生の新しい訳であれば、「誤読を誘発」しない限り、何が強調されているかを分かりやすくする訳であり問題は少ないかなと思います。

ただし、この路線でいくならば、"an innate tendency ..."に不定冠詞が付いていることや先行文脈との対応を踏まえ、"talking of ..."を「攻撃的な性向を『生まれつき』持つと述べること」まで噛み砕いた方が正確だと思います。(「形容詞+名詞を『名詞is形容詞であるということ』に展開しました」という操作が原文に忠実かというと疑問が残ります。英語として考えても不定冠詞付きの名詞が主語になる"a tendency to be aggressive is innate"という表現よりは"We have an "innate" tendency to be aggressive"の方が自然ではないでしょうか.先行文文脈の表現に合わせて結果的に「名詞is形容詞であるということ」としたのであれば既に述べたように問題は少ないと思いますが・・・)

 

西先生は、今回私の記事に対して批判的ではありましたが、今回の指摘を機により良い訳に変更されるということです。参考書の発売から年数が経ってからも批判的意見をテコにして、より良いものを学生や英語学習者に届けるという姿勢は尊敬できるものだと思います。

 

■結語

今回指摘した部分に関しては,西先生の解説がないためどういう意図であったのかははっきりしません.とはいえ,googleで検索すると実際に"talking of O to be C" (OをCだと論じる)だと勘違いしてしまう読者もいるようです.ポレポレの訳文がこうした解釈を誘発している可能性があると思い,指摘させていただきました.