英文解剖学

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付帯状況のwith? +evenと否定のscope "not even light can escape"

前回の記事の末尾にも記載しましたが,前回英語勉強法.jpの動画の内容に言及した記事について好意的に対応していただきました.指摘に対する対応として非常に誠実だと感じました.

 

新しい動画でも興味深い英文を取り扱っていたため記事を書くこととします.

 

www.youtube.com

 

Black holes are extremely dense objects with gravitational pulls so powerful that not even light can escape. Some are huge, like the one at our galaxy’s center 26,000 light years from Earth. That black hole is four million times the sun’s mass.

 

learningenglish.voanews.com

 

■結論① 当該英文のwithは付帯状況・状況的理由 "with O C"ではなく「Oを持っている」"possessing O"であり,"extremely dense objects"を修飾している.

■結論② "so powerful"はgravitational pullsを後置修飾している

■結論③ "not even light can escape"はいわば"Even light is such that it can't escape."という意味であり,"evenがnotの否定の範囲の外側にあると分析できる(evenが否定の範囲内にあるとして,肯定文のevenとは異なる前提が含意されているという考え方もできる)

 

 

■まず付帯状況のwithとはなにか(基本的な説明なので分かっている方は飛ばしてください)

with 目的語 補語(形容詞・分詞 etc.)

の形となっているwithをしばしば付帯状況のwithといいます.

 

たとえば,以下の例文を見てください.

Clauses introduced by with may also be circumstantial:
With the exams coming next week, I have no time for a social life.

With so many children to support, they both have to work full time.

Quirk et al.

 

 

1番目の例文中,"with the exams coming next week"の部分は「試験が来週ある」という状況を表し,"I have no time for a social life"の理由にもなっています.

the examsはwithの目的語ですが,the exams が意味上の主語,"coming next week"を述語と捉えるとこともできます.(補語に対応する部分が形容詞の場合はbe動詞に対応する述語動詞が省略されていると考えることもできます)

withがない場合はいわゆる独立分詞節(主節の主語と分詞の主語が異なる分詞節)になりますが,withがないと成立しないような場合もあります.独立分詞節にwithをつけたものが付帯状況・状況的理由のwithだと考えてもよいでしょう.

 

ちなみに,2番目の例文のように「with 目的語 to不定詞」という形も可能ですが,これも状況的な理由を表すことが多いようです.個人的には 1番目の例文が「with+意味上の主語+述語」と分析できる(いわゆる付帯状況のwith)のに対し,to不定詞を伴う場合は"目的語+to不定詞"がまとめて目的語のかたまりになっていると捉えたいと思います(cf. "I have something to say.").現代英文法講義では「with+独立分詞節」として1番目の例文のタイプとひとまとめにされています. 

 

分詞構文と同様この用法では理由だけでなく単なる状況を表すこともあります.

 

A truck roared past with black smoke pouring from the exhaust.

Professor de Sssure died with none of his lectures published.

A comprehensive descriptive grammar of english 13.3.6 by Renaat Declerck

 

しかし,withの後に「名詞+形容詞」が来る場合,「意味上の主語+述語(補語)」が来る付帯状況とは限りません.形容詞が名詞を後置修飾している場合も,形式上 「with +名詞+形容詞」となるからです.この場合,通常の「with+『名詞』」と同様「『名詞』を持っている」という解釈になります.

 

解釈を決定するのは文脈と論理になります.

 

■当該英文のwith

付帯状況の"with O C"(状況的な理由: With prices so high ...なども含め)と単純に"~を持っている"という表現の区別は難しいのですが,今回は"with O C"ではないのではないかと思います.

 

"with O C"は独立分詞構文のように意味上の主語Oと補語Cの関係を状況・状況的理由として伝える表現ですが,この英文では以下のようにブラックホールの性質を説明しています.

Black holes are extremely dense objects with gravitational pulls so powerful that not even light can escape.

ここではwithが状況的理由を表すことはなさそうなので,付帯状況として理解すれば,「ブラックホールは非常に密度の高い物質であり,引力を光すら逃れられないような強さという状態にしている(引力が~という状態になっている)」となります. しかし,gravitational pullsは明らかにブラックホールの重力を指しており,その重力について描写しているならばtheirなどの所有格があった方が自然に感じます.単純にブラックホール(厳密には" extremely dense objects")が強い重力を”持っている”と解釈すべきではないかという疑問が生まれました.

 

つまり,"with O C"(gravitational pullsが意味上の主語,so powerfulが補語)ではなく"with O"(O=gravitational pullsが形容詞 powerfulで後置修飾されている)であり, "extremely dense objects"という名詞を修飾しているのではないかということです.

 

ここでなぜwithの目的語が例文の形になっているかというと,"so that"構文が名詞を後置修飾しているためです.特にこの場合は修飾される名詞が複数形であるため"so 形容詞 a 名詞"の形をとることができないため,「so that構文」を使用する場合,必然的に後置修飾になります.

 

実際,VOA記事の元になったと思われる通信社の記事ではwithの代わりにpossessingが使用されています(他にも関連記事はありますがpossessingを使用したものが多いようです).

Black holes are extraordinarily dense objects possessing gravitational pulls so powerful that not even light can escape.

jp.reuters.com

 

実際,野村先生の「意訳」は"with O"の解釈になっています.原文を「ブラックホールは光さえ逃れられないほど強い重力を『持っている』密度の高い物質」と解釈すれば,"with O C" 「OがCなので(Cという状態で)」と解する余地がないからです.

 

「重力があまりにも強く光さえ逃れられない」という関係はむしろ「so that構文」で表現されています.ただし,"gravitational pulls"という名詞を修飾しているため,「あまりにも強い<<ので>>光が逃れられない」というよりは「光が逃れられない<<程度に>>強い(重力)」という解釈になります.(日本語と英語の語順の違いから,左から読む練習として動画では「ので」を使っているのだとは思いますが,withを付帯状況として解釈したことと関連しているように見えました)

 

■ evenのscope "not even light can escape" 

これは動画の内容に対するコメントではありませんが,not evenの使い方を興味深く感じました. 一見"not even"という語順になっているのでnotがevenを否定しているように見えますが,notがevenを否定しているわけではありません.

 

実際は"Even light is such that it can't escape."と書き換えられるように(not自体は文全体にかかり,)evenがnotの否定の外側にあるからです. "not only S can ..."であれば上記のような書き換えはできません. 

As in our earlier examples, only cannot scope over negation, while even must do so. In the case at hand.

 

(3)Not only JOHN invited Pia.

Not: Only John is such that he didn't invite Pia

 

(4)Not even JOHN invited Pia 

≈Even John is such that he didn't invite Pia

 

The Syntax of Topic, Focus, and Contrast: An Interface-based Approach by Ad Neeleman, Reiko Vermeulen 

 

(追記)

上に引用した書籍に倣いevenが否定の範囲外にあるとしましたが,Not even by Collins (2015)では,evenを数量詞と捉えた上で,今回話題にした"Not even light can escape"のevenは普通のevenとは違い,否定辞に修飾されたときにのみ使われる特別な用法だとしているようです.

 

 

簡単に言い換えると,"Even X ~"といった場合,「Xが最も~しそうにない人(もの)」(厳密にはthe least element of Sp)という前提があります."Even John is there."という場合,ジョンはその場にもっともいそうにない人間だという前提(presupposition)があります.

 

形式意味論の用語で書くと

(16) a. Even John is there.
b. λx [ x = John ∧ P(x)]
Presupposition: John is the least element of Sp

SP is a contextually given set of people which is totally ordered in the following way: for each person x, the likelihood that P(x) is a number between [0,1]. x ≦ y iff [the likelihood that P(x)] ≦[the likelihood that P(y)] (see Karttunen and Peters 1979: 25-26).

以下に引用するCollinsらの否定NEGの定義に当てはめた場合,

(8) NEG takes X with semantic value: λP1….λPn […]
And returns Y with semantic value: λP1…λPn ¬[…]

(23) ⟦NEG⟧= λXλPλQ ¬[X(P)(Q)]

 (否定文でもevenの「前提」が成り立つとすれば),"Not even John is there."は(26)のように「ジョンはそこにいなかった」という意味と,前提として「ジョンはもっともそこにいそうもない人間」という意味を表します.

(26) John is not there, and John is the least likely person to be there.

形式意味論の用語で説明すると下のようになります.

(24) ⟦not even⟧ = λFλP. ¬∃x [ x = F ∧ P(x)]
Presupposition: F is the least element of SP.

 (25) a. Not even John is there.
b. ¬∃x [ x = John ∧ [x is there]]
Presupposition: John is the least element of SP, where P(x) = [x is there].

 しかし,元の文の意味は「もっともそこにいそうなジョン」ですら「そこにいない」ということです.つまり,実際の前提は「(ジョンが)最もそこにいそうな人だ」ということになり,先ほど挙げたevenの前提(最も~しそうにない人)と矛盾してしまいます.

 

Collinsはこの問題を,evenが否定辞に修飾されていない場合のP-evenとevenが否定辞に修飾されるときの NPI-evenに分類して解決しようとしています.

否定辞に修飾されている時,evenの前提として,"(not) even X ~"といった場合,evenには「Xが最も~しそうにない人(もの)」という前提があるとするのです.

形式意味論の用語で(28)  NPI evenと(29) P-evenを説明すると以下のようになります.

(28) ⟦evenNPI⟧ = λFλP.∃x [ x = F ∧ P(x)]
Presupposition: F is the greatest element of SP.
Syntax: evenNPI is modified by NEG.
The other even, which cannot be modified by NEG, is P-even. It is defined as follows:
(29) ⟦evenP⟧ = λFλP.∃x [ x = F ∧P(x)]
Presupposition: F is the least element of SP.
Syntax: evenP is not modified by NEG

 どちらの分析が正しいのかは私には判断しかねます.前提としている理論や仮定によっても変わるのかもしれません.いずれにせよ,"Not even light can escape"には,「光ならば最も(重力から)escapeしやすいだろう」という前提があり,「光ですら抜け出すことができない」(≒Even light can't escape)と述べることで,「光以外のものは言うまでもなく逃れられない」という含意があるということは間違いありません.